デメネゼス君追悼ープロメテウスの贈物 成瀬

posada2005-07-25

Jean Charles de Menezes(新聞報道名:ジュアン・シャルレス・デメネゼス)は、1978年1月7日に、レンガ職人の息子として生まれ、Minas Gerais州のGonzaga市に育った。Gonzagaは、アメリカやヨーロッパへの移民がとても多い街だ。
電気機械が好きだった彼は、叔父と共に14歳の時にサンパウロ市に移り住み、そこで高校に通い、1998年、19歳の時に、プロの電気技師としての資格を得た。
彼は、2002年にイギリスに来て、ロンドンに少なくとも三年間以上住み、流ちょうな英語を喋った。イギリスに来た直後から五年間の滞在許可ビザを得ていた。一つ年下の友人は、彼が実家に送金し、家族が財政的にたちいくのかどうかをいつも心配していたという。こうして書くといささか勤勉すぎるように見えるが、楽しみにクラブに行くこともあった。Guanabarraというブラジリアン・クラブで出会った友達がブログに書いている(ビールが1.7ポンドというから、普通よりちょっと安いくらいの飲み屋のようだ。参考http://www.whatprice.co.uk/beer-prices.html)

ガンにおかされた父とともに過ごすため、八ヶ月程ブラジルに帰国していた彼は、帰国後、その生活の場であるロンドンがテロの舞台となるのを見た。
同僚でもあり友人でもある一人は、7月21日の失敗に終わったテロ事件の後、Menezesに会ったとき、彼は地下鉄を乗るのを避けるためにバイクを買おうかといっていたという。
翌日7月22日金曜日、Menezesはいとこであるビビアンとパトリシアと共有している、ロンドンの南にあるTulseHillにある家をでた。この日のロンドンの気温は17度。彼は、kilburnに、火災報知器の修理に行くつもりだったと思われる。その家は、木曜日にたくらまれた爆破テロとの関連で、警察の監視下におかれているブロックの内の一棟であった。(成瀬注※マンションの一室かもしれない。ちょっと詳しくわからなかった。)
警察は彼が地下鉄のStockwell駅行きの2番のバスにのるところを尾行した。[警察は、Menezesが、あからさまな厚着をしていたことが疑いを濃くしたという。夏でも寒いと感じるブラジル人はしばしば厚着をしているのに、だ。(しかし、いとこのパトリシアはそうした厚手のジャケットをMenezesが着ていた記憶がないという。あまり寒さを感じず、冬でもTシャツをきて街をあるいていたそうだ。)ちなみに、警察は彼が南アジア人のように見えた(South Asian appearance)と言っている。]彼はバスを降りて、同僚に、昨日のテロの捜査で交通機関が遅れているから、遅刻すると思う、と電話をした。
午前十時を少し回った頃、改札口の直前で、突然平服の男の20人程の集団が、叫びながら彼を追いかけてきた。なんのことだと思ったのだろうか?今もメディアではその理由についてかき立てているが、ビザの問題かもしれない(彼は学生ビザで入国していたため、労働時間に制限があったのだ)し、けっこう市民が巻き添えになるブラジルの犯罪の記憶がよみがえったのかもしれない。ただ言えるのは、3年間仕事をしながら働いていたとはいえ、英語は彼にとって、そこまでなじみ深いものではなかったということだ。ともかく、改札を飛び越えて逃げた彼は一度くらい後ろを振り向いただろうか?もし振り向いていたとしたら、そのうちの一人が黒い銃を持っていたのが見えたかもしれない。
電車に乗り込む直前で、彼は後ろから捕まれ、床に押さえつけられた。その瞬間まで、ロンドンの地下鉄の床に顔をつけたことなどなかったであろう、Jean Charlesは、その直後、頭部に五発の弾丸を撃ち込まれ、即死した。

ロンドン市長のケン・リヴィングストンはThe police acted to do what they believed necessary to protect the lives of the public.と述べている。訳す気もしない。日本の警察が不祥事をしたときと同じである。
ロンドン警視庁(Metropolitan Police)の前長官であるスティーブンス卿(Lord Stevensとあったけど、この訳でいいんだろうか。確かめかたがわからない)は、この悲劇的な誤りにもかかわらず、"shoot-to-kill-to-protect"作戦は正しいと、報道に伝えた。彼は、イスラエルなど自爆攻撃対策の進む国へとチームを派遣していた。
そこで、派遣されたチームは「残酷な真実(Terrible Truth)」を知った。自爆攻撃をとめる唯一の方法は、即座に、確実に相手の脳を破壊することだというのだ。以前は当局者は身体を撃っていたという。
この警察の行動は「クラトス」作戦に基づいてのものだという。朝日新聞の今日の天声人語を読んで興味を覚えたので、さっそく図書館でアイスキュロスの「縛られたプロメテウス」を借りてきた。クラトスの登場は冒頭だ。饒舌な権力(クラトス)と無言の暴力(ビアー)に、プロメテウスが引っ立てられるところからこの悲劇は始まる。
理不尽かつ横暴なゼウスの部下として振る舞う権力(クラトス)の様を見ていると、いったい何を考えてこのような作戦名がついているのかと思う。プロメテウスは、その不死の力で永きにわたる苦しみを耐えることになるのだが、Menezesはクラトスに抱かれてすぐに還らぬものとなった。
プロメテウスは人間に火と技術を与えたかどでゼウスに罰されているというのはよく聞く話しだが、劇中でのプロメテウスは火よりも先に人間に贈物をしたという。一体何をしでかしたのだとの問いに応えて:

プロメテウス「人間どもに、運命が前から見えないようにしてやった」
コロス「そうした患いを癒すのには、なにを見つけておやりでした」
プロメテウス「目の見えぬ、盲な希望を与えたのだ」

この二つ贈物のうち、いま運命の見えなさだけが私達の手元に残されているのではないか。
[ロンドン同時多発テロをうけた誤射事件について。]
↓参考にしたウェブサイト
殆どの情報は、bbcのニュースサイトから得た。個別に引用先を書くのはめんどくさいのでやめた。その他
http://finn.blogsome.com/2005/07/24/jean-charles-de-menezes-27/
http://en.wikipedia.org/wiki/Jean_Charles_de_Menezes