泥ウソ国賠仙台判決公判〜山形大学行動 成瀬

9月20日火曜日、仙台高等裁判所において、泥ウソ国賠*1判決公判が行なわれた。
私たち、京都の学生/青年の有志もその場に駆けつけた。本国賠では寮の自治権の侵害、ならびに虚偽告発に基づく不当な逮捕による精神的苦痛への賠償が求められていたのだが、大学による警察への告発が虚偽告発であったという点については認めないという不十分なものであったとはいえ、清掃員による窃盗行為が大学の職務として行なわれたものであり、このことが寮の自治権を侵害するものであったことを認定する、画期的な一部勝訴であったと言える。
http://news.fs.biglobe.ne.jp/social/jj050920-X882.html時事通信配信記事)
当日は100名を超える支援者が仙台につどい、小さな法廷には全員が入り切れず、私も外で待つ一人となった。判決公判ということでもあり、予想はしていたが、あっという間に判決文を読み上げ公判は修了した。中の様子はまったく私たちにわからず、ただ怒号のようなシュプレヒコールが、閉ざされたドアの向こうから微かに聞こえてくる。事前集会でも完全敗訴か「しょぼい」一部勝訴では、といわれており、私は頭に血が上り、視界がゆれたのを思い出す。なかからかすかに聞こえるシュプレヒコールだけではない、ほぼ同時に、仙台高裁はサングラスにマスクというオールドファッションに身を包む公安警察による写真撮影会の様相を呈した。私たちに向けてデジカメやビデオをまわし続ける怪しい公安、そしてその前に立ち、こちら側のカメラに対して「裁判所の中での撮影は禁止です」とただ繰り返す裁判所職員。警察と全く線引き不可能な、愚かな司法の姿が浮き彫りにされた瞬間だった。
その後、警察により裏口から私たちはたたき出された。僕は、口を開くと泣きそうになっていたので、あまり声をあげて抗議が出来なかった(この時点では完全敗訴だと思っていた)。
その後の公園での集会で、ようやく一部勝訴、しかも結構いいやんけ、ということを弁護士の方の報告を聞いて知った。不十分かつ不当なところとはいえ、佐藤(裁判長)は辞めろ!とか怒鳴りまくってきたので、ちょっと悪かったか、とか思ったりした。とはいえ、その後の仙台市内デモでは足取りも軽くなった。
翌日は山形へ移動して、山形大学当局に対して申し入れ。前日の判決において山形大学は学寮自治会に対して30万円の損害賠償を支払うべく命じられている。これまでも何度か山形大学には来ているが、今回は、これまでの行動と質が違う。これまで、不当な逮捕から5年間、一貫して山形大学は寮生を犯罪者扱いし続けてきた。自らの行なった盗難行為を調べもせずに(当たり前か)、全てを寮生の責任に帰し、ののしり続けてきたのである。一審山形地裁判決はこの山大の主張を丸呑みするものであったが、今回は違う。もはや、寮生の側を犯罪者呼ばわりするのは山形大学のみ、私たちの権利への訴えが完全に山大を包囲し切ったのだ。一審の超不当判決からここまで闘ってきた原告団は偉い。すでに各紙で前日の一部勝訴が報じられ、大学関係者もほぼ全員がこのことを知っていたのだろう。当日代表して申し入れを提出しにいった原告団の二人はなぜかいきなり当局から事務局内に隔離監禁されるという異常事態が起きた。この期に及んで申入書すらまともに受け取ろうとしない山大。
何時間にもわたる抗議のすえ、ようやく学生サービス課のユウキなる人物の立ち会いをえたが、この人は山形大学により「生け贄」として差し出された「わかりません」という係の人だった。
原告「泥棒行為は駄目だってことはわかるよね?」ユウキ「わかりません」
原告「大学から泥棒を命じられたらどうするの?」ユウキ「わかりません」
すぐ前の建物にいる責任者に取り次ぐこともせず(出来ず)、ただひたすら「私が受け取ります」と繰り返し、わかりませんと言い続けるユウキ。周りを取り囲む職員ももちろん何もいいはしない。彼らは主観的には助けにきていると思っているかもしれないが、実際にはユウキが自らの意思で喋りだすのを抑止する監視主体に過ぎない。一つの職場の中で、本人の意思とは離れた形で相互監視体制が築かれている。
私は、あの場でいかなる問いにも「わかりません」を繰り返す職員たちを見て、あきれ果てるとともに、哀れに思った。どのような仕事の内容であれ、反抗一つできない。しかし、それもしょうがないだろうと思う。ここでいうしょうがないとはすなわち許す、ということではない。私は彼らを許せない。しかし、大学から押し付けられた回答だけを繰り返し自らの意思に基づいて喋ることのできない、悲惨な状況にいてしまうことを当然だと思う。そもそも日常的に彼らは自らの「仕事」を自分で作り上げてはいないからだ。自らの生きる活動の一つである「仕事」をまったく自主的に管理できていない、すなわち自らの日常活動において自律できていない人間が、いざ、という時になにかまともな行動をとれるはずがない、ということを端的に今回の状況は示していた。外在的に批判することに留まらず、自分自身の日常生活をも反省する必要を感じる。
京都に帰ってきてから、2000年に発行された学寮の入寮募集パンフレットを読み返した。そこには自治、自主管理、自律へのすこし照れまじりながらも熱い思いが記されていた。この闘いは、もちろん第一義的には裁判で争われている個々具体的な論点についての闘いであるとともに、自治と自主管理、そして自律を目指す意思=行動と、それを否定した大学機構(machine)との闘いであると言えるかもしれない。そして、原告団は裁判で勝利の一端をつかんだ。さらに、山大行動で、私たちは完全に勝利した。
私はこの一連の行動を原告団の呼びかけに応えともに行動できたことを忘れない。とても誇りに思う。今後裁判闘争は最高裁へと進む。これからもともに闘いたい。
山形においても本判決をうけて、広範な支持と支援が原告団に寄せられることを願う。

*1:山形大学学寮に対する廃寮化攻撃の過程である2000年、山形大学の学長が寮生を警察に告発したことを訴える裁判。大学の指示を受けた寮内清掃員が寮生個人の所有物や寮自治会の資料を盗んでいたことに気づいた寮生が、清掃員と直接の対話を行なったのであるが、当時の学長成澤郁夫はこれをを監禁であるなどと主張し、学生の言い分を聞かずに一方的に警察に告発したのである。原告団のホームページはこちら→http://dorouso.hp.infoseek.co.jp/