横浜トリエンナーレにいってきた 成瀬

もう一ヶ月ほど前のことになるけど、横浜トリエンナーレにいってきた。
http://www.yokohama2005.jp/jp/
詳しい内容は、上記公式サイトから確認してもらうとして、メインテーマは「アートサーカス 日常からの跳躍」。人とかかわる、場とかかわるという目標もそれぞれ、自分が広い意味での運動<movement>に込めたい気持ちと通ずるところがあり、今回は楽しみにしていた。僕は現代の運動はその表現性の問題を抜きにしてはなかなか議論が成立しないと思っている。あらかじめ決められた、実現すべき未来は失われてしまった。いや、それでも、、、、と良き未来を構想する人の動きは、いわゆる芸術と交差する領域をたくさんもっているとおもう。
横浜の街をゆっくりと歩くのははじめての体験で、よく知っている神戸とは似ているようでずいぶん違う印象を受けた。すくなくとも海のそばの使い方は神戸という街より成功していると思う。先に横浜市立開港記念館で開催されていたドン・ブラウン展を閲覧してから、山下公園を歩いて会場へと向かう。「へんなもんがおいてある公園だなぁ」と横目に地面からちょこっとだけ頭を出している屋根をみながら思っていたら、後でそれが中国の姜傑(ジャン・ジェ)の作品だったことがわかり、面白かったりした。このへん、会場のどまんまえにおいてあるルック・デルー(Luc Deleu)の作品は即座に作品とわかるわけで、どっからどこまでが<会場>なのか、という感覚が揺さぶられた。
個別の作品、出典については興味深いものもあった。ロング・マーチ(とくに徐震[シュー・ジェン])、ムタズ・ナスルは特にお気に入り。
でも。全体としての印象。確かに非日常的空間の演出には成功している部分があるとおもうけど、跳躍の対象となる日常性への認識が、キュレーターおよび多くの作家にとって認識されているのだろうかと思う。日常性とはなんだろうか。たくさんの学的議論の一切をすっとばして直感を述べれば、それはたった一人では逃れ得ぬものだとおもう。僕たちの日常とはどんなもんだろうか。気に入らない人間関係(えてして逃れようがないときに、逃れたい関係に陥ったりする)、決まった時刻にはじまる仕事(あるいは仕事を探す「仕事」)、あるいはたまにほんのりとあるいいこと。日常性とは個とそれ以外のものとの関係がどうしようもなく膠着している状態だとおもう(そして突然、個の側がその関係の圧に耐えかねて破綻したりする)。こうした日常は、社会運動の表現者においては、そこからの離脱ではなく、変容が目指されるだろう。個人の変革と社会の変革は紡がれた糸のように不可分だと考えるからだ。
たとえばヒッピーは離脱するだろう。悪い意味を込めるつもりはない。それはそれで、あり、だ。ただ、僕がいいたいのは日常の問題への対応が違うだけで、この日常への容赦なきむかつき(これが強い表現なら嫌悪くらいにいいかえてもいい)みたいなものは両者は共有しているのではないかということだ。
だけど、今回、横浜トリエンナーレからは別段、日常から跳躍をせなあかんほどのなにかを感じることはほぼ、なかった。というのも、そこでの鑑賞者(僕もふくめての)はやっぱり「個」でしかありえなかったからだ。そこでは見たい作品を見たい時に見ることができる。見ないでおこうとおもえば見ないでおける。そして少し気が向いて参加してみようかと思えば、与えられた「欠如」はひとりぼっちの鑑賞者にぴったりとはまるサイズだ。ここに日常はないし、また言い換えればもう一つの非日常的日常を作り出したにすぎない。それは跳躍なんかではなく、今の日常をほんのすこし「見飽きた」という程度の欲求を満たしたものに過ぎない。
 この文脈でいうならば、意味としては熊本でみた、メガネ水道橋のほうが刺激的だった。それはもう使われなくなった給水路。お金を出すと村が通水させて、そのメガネ橋のまんなかから水が飛び出してくるのがみえる。だけど、ちょっと旅行者が一人や二人でだすのは高すぎる。そこで旅行者はもっている紙にこう書いて橋の前にたつ。「一緒に水道橋を見よう」。こうして旅行者は短ければほんの数分で、運が悪ければ一時間以上待って、同志をつのってメガネ橋から水がほとばしるのをみる。ときにはバスでやってくる集団観光に便乗して。はっきりいって、別に水がでたからどうだ、というわけでもないし、しょぼいものである。しかし、そこで来るか来ないかわからない、でもその人が来なければどうしようもない人へと働きかける行為がそこにはあり、この過程を経た「鑑賞者」は「たった一人」ではないし、もはや「鑑賞者」でもない。日常からの跳躍は、ほんのちょっぴり普段の日常とはちがう別のかけらになることを通じてなされるものではなく、この逃れがたい、くそったれな、そして愛すべき日常をてこにしてこそなされうるのではないか。
(未完)